デル株式会社

春希の友情
柳原朋の本心
想い出の曲
雪菜のためだけの歌
出演依頼
あこがれの二人
驚きの来訪者
かずさと理奈
たいせつなもの
イブのハプニング
朋の告白
新年会
サプライズ
和解
浩樹の告白
祝福

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春希の友情

午後の講義も終わり、のんびりと寛いだり、雑談に興じる学生が増えてきた。
バイトまで少し時間が空いていたので、周りに倣って、ただし一人で何をするでもなく空いたコーヒーのカップを眺めていた。
そんな浩樹に、一人の女が入り口から真っ直ぐ向かって来た。
「友近浩樹くんだよね、ちょっといいかな?」
振り向くとそこには最近気になっている顔があった。
「あたし、和泉千晶っていうんだけど、春希のことでちょっと話を聞きたいんだ」

その女には見覚えがあった。春希が文学部に転部してすぐに、いつも傍にいるようになった女
友近浩樹にとって和泉千晶はそういう認識だった。そして二人は付き合っているというのが他の学生の共通認識だった。
だからこそ、気になった。春希は小木曽にこだわっているはず…。実際、これまでは他の女を寄せ付けない雰囲気があったのだから。
そんな春希が小木曽以外の女と親しくするなんて…
しかし、今となっては春希と気軽に話が出来る立場にいない自分にとって、あそこまでして自分を拒絶した春希の小木曽以外の女との関係に文句を言えるわけも無く
日々、訳の分からないイライラを募らせていた。
そこに、当の本人から話しかけてきた。
「ちょうど良かった、俺も君とは一度話がしたかったんだ」
浩樹は自分の前の席に座るように手で促した。

夕方のカフェテリア。店内には学内FMが流されている。
「あんた、春希に殴られてんだって?その理由が聞きたいんだ」
開口一番、千晶はそう言った。
「……それが、君に何の関係があるんだ?」
触れてほしくない話題に少しむっとして答えた。
「だってさ、春希ってそんなタイプじゃないじゃん?青春熱血キャラとは無縁というかさ。
そんな春希が人を殴ったなんて、いったいどんな酷いことをあいつにしたの?」
千晶は不思議そうに、浩樹の表情を覗き込んだ。
「春希に聞けばいいだろ、そんなこと。俺には、あいつの考えてることは全く分からないから…」
「だから~、教えてくれないんだってば。ひょっとして春希って実は…うわ~、怖っ!あたしもDVに気をつけないと…」
千晶は怯えたような言葉とともに、身振りでも恐怖を表現した。
「あいつはそんなやつじゃない!!自分の事よりも人の事を気遣ういいやつ…」
浩樹が声を荒げて立ち上がると、
「やっぱ分かってるじゃん♪ だから、あんたの分かる範囲で春希の事を教えてよ」
目の前にはにっこりと微笑む千晶がいた。

「はぁ…?」
浩樹の短い説明に千晶は戸惑っていた。
「だから、それだけ」
「いや…そんな…え?」
やっぱりそうだ。こんな理由、誰に話したって反応は同じだ。
「だから、俺が春希に殴られた理由は、小木曽に告白したからだ」
「それって、理由になってないんじゃ…」
和泉のあきれた様な声は当然だと思う。
誰だって、こんなこと理解出来ないだろう。
「ホントにそれだけ?その頃あんた小木曽さんと結構親しくしていたみたいだし、実はあいつ小木曽さんとうまくいかない腹いせに……って、ごめん……」
こっちが睨んでいるのに気づいてさすがに恐縮したようだ。
「俺の言いたいことが分かったみたいだな」
「春希はそんなやつじゃない、誰よりも信頼できるやつだって言いたそうだね」
ぺろっと舌をだして答える。悪戯っぽい表情から、さっきの言葉は本心ではなかったことが伺えた。
「あたしも春希の事は良く分かってるつもりだよ。少なくともあんた以上にはね。
なのに、今回ばかりは分からないんだ。情報が少なすぎるのかなぁ?」
千晶は腕組みをして考え込んでいる。
「俺が殴られるまでの経緯が知りたいのか?それを話したらあんたは春希の考えてる事を説明出来るのか?」
浩樹がそういうと、我が意を得たりとでも言いたげな表情で千晶は身を乗り出してきた。
「人の心の変化ってのはね、一日やそこらで決まるんじゃなくてね、ずっと長い間の積み重ね、歴史って言うのかな?」
「俺と、春希と、小木曽が知り合ってからの事がある程度分かれば…ってことか?」
「そういうこと~、ん?話してもらえる?」
この、千晶の言うことをそのまま信じるわけではないが、なぜか浩樹は話してみる気になった。
それは自分自身も納得出来ていない事への答えが分かるかもという期待感でもあった。
「俺が春希と知り合ったのは…」
そして、春希と知り合ってからの記憶を辿りながら、浩樹は順番に話していった。

「…それで、小木曽の誕生日に彼女の家に行って、プレゼントを渡して、告白したんだ。
ただ、小木曽はそのプレゼントを受け取ろうとしなかったから、仕方なく彼女の足元に置いて帰った。
帰りに小木曽の家から見える角を曲がったら、そこで春希と会った…というより、全て見られてた」
「で、殴られた訳だ。春希の怒りが爆発した?」
これまでも時々入れてくる、千晶の冗談とも本気とも分からない軽口をさらりと受け流し、浩樹は続けた。
「いや、その時じゃない。それに、あんたに言われてあの時の事を思い出しているうちに気づいたんだが、あいつ、あの時悲しそうだった」
「ふぅ~ん。」
千晶の、茶化すような言い方が少し変わってきたのを、浩樹は感じた。
「その後、あいつとは何度も会ったし、最初はこっちは気まずかったけど、普通に話してた。小木曽にはもう近づかなかったし」
「じゃぁ、殴られたのって…いつ?なんで?」
告白したから殴られたのなら、話が違うとでも言いたげに千晶が問い詰めてきた。
「実は、暫くして俺のことで問題が起こったんだ」
浩樹は母親の手術の事、自分の家庭環境や進級、それら全てに対する資金不足。
それを知ってからの春希のおせっかいにも程があるほどの干渉についても話した。
そして、その後殴られたことも。
「あはっ、だんだん話が見えてきたよ。そっか~、春希らしいよねぇ~」
何故か嬉しそうにする千晶に、浩樹は少し混乱してきた。
「俺にはあんたが何を考えているのかさっぱり分からんのだが…」
不思議そうな顔の浩樹を見て、千晶はどこか楽しそうだった。
「で、小木曽さんにはもう近づいていないの?」
「ああ、春希と小木曽の間には俺なんかの入り込む隙間なんか無いみたいだしな。最後に春希に絶交だって殴られたってだけ伝えてな」
浩樹の言葉に千晶は興味津々と言った感じで身を乗り出してきた。
「えぇ?小木曽さんにそれ言っちゃったんだ?それ聞いて彼女どんな感じだった?」
「なんかよく分からなかったっていうか、全部聞いたら急にうつむいてなんか困ったふうだったし、でも最後は笑ってたかな」
「ん~……」
和泉は暫く考えているようだったが、急にいたずらっぽく笑うと
「ねえ、今からあたしにその時小木曽さんに話したことを、小木曽さんに話したのと同じように話してもらえないかな?」
「何のためにそんな…」
浩樹の疑問に千晶は真剣な表情で答えた。
「そうしたら、春希だけじゃなく小木曽さんの考えてたことも分かるかもしれないし」
「いや、そんなことしたって… だいたい俺は…え?」
浩樹は和泉の雰囲気が突然変わったのを感じた。
目の前にいるのは、確かに和泉千晶のはずなのに、その瞳には彼女とは違った光が…そう、あの時目の前にいた小木曽の少し悲しそうな、儚げな瞳と同じものがあった。
「お願い、彼のした事、私に全部話して」
『…?』
その言葉に、浩樹は一瞬目の前の女性を小木曽雪菜だと感じてしまった。
そしてゆっくり目を閉じると一度深呼吸し、考えをまとめる。自分が話すべきこと。小木曽雪菜が聞きたがったこと。
やがて、目を開けるとあの時と同じように話し出した。

全てを話し終わると千晶は俯いていた。あの時の小木曽と同じように。
「和泉?」
「……ごめんなさい」
あの時の小木曽と同じ言葉、態度。さすがに浩樹は声をかけることが出来なかった。
その時、千晶の肩がぴくっと震えた。
「この曲…」
それは、昨年から学内で冬になるとよくかかるようになった曲。付属の生徒のオリジナルにしては完成度の非常に高い学内ではもはや定番の曲。
和泉は急に慌てだした。
「ちょっと…待っててもらえるかな?えと…10分…でイケるかな…とにかく待ってて。ごめんなさいっ!」
「おい…和泉?」
小走りにカフェから出て走り去っていく千晶を呆然と見送っていた。
「?? トイレか?」

「参った…ホントに…」
浩樹が想像した場所に千晶はいた。浩樹が想像もしなかった理由で。
「あんなにインパクトの強い話だったなんて…春希ったらもぉ…」
雪菜の気持ちで浩樹の言葉を聞いていたら、春希の想いが流れ込んできて自分の中から春希への想いが溢れそうになった。
いや…実際にはあの曲が流れてきた時から溢れてしまっていた。多分、あのまま座ってたらスカートにまで滲みてきてしまっただろう。
「もぉ…春希…んっ……っ」
時々水を流す。自分の声が外に聞こえないようにするために、それでももうすでに終わって聞こえてこないはずのあの曲が頭のなかにエンドレスで流れている。
「あっ……っ!」
ようやく落ち着いてきた。そしてゆっくりとあの曲もフェードアウトしていった。
「小木曽さんは我慢出来たんだ…っていうかあたしが入れ込みすぎ?」
当時の雪菜よりも事前情報は多かった。
「でも、やっぱ原因はあの曲…?」
とにかく彼には感謝しなくちゃ。春希の違う一面が見えてきた。小木曽さんを想う心と友情の折り合いの付け方。
「かなり特殊なパターンだよね。ちょっと自作のシナリオでは思いつかないぐらい」
千晶は軽やかな足取りで浩樹の待つテーブルに向かった。

「お待たせ~♪ ごめんねぇ」
「大丈夫?もういいの?」
千晶は自分を迎えた浩樹の言葉に、何か見透かされているような恥ずかしさを感じた。
「え?な…なんのことかなぁ…はは…」
「ずいぶん体調悪そうだったから。なんなら途中まで送っていこうか…」
「あ!…あぁ!そ…その……うん、気にしないで」
千晶は焦った。でも、どうやら彼は千晶が体調を崩しているぐらいにしか思っていないみたいだった。
「とってもいいお話を聞かせてもらったわ。ありがとね」
「じゃぁ、春希がどう考えてるのか。君の意見を聞かせてもらえるのかな?」
期待十分といった浩樹の態度に、千晶は少しもったいぶった感じで話し出した。
「ちょっと複雑っていうか、単純っていうか、春希らしいっていうか、らしくないっていうか…」
「意味分からん…」
全く要領を得ない千晶の説明に浩樹は呆れた。
千晶は一呼吸置いて真剣な眼で浩樹を見つめると、ゆっくりと言葉を続けた。
「まず、春希はあんたに対しては絶大なる信頼を向けている。おそらく春希のまわりでも5本の指に入るぐらい」
「それを、どう信じろと」
「まあ、聞きなって。その信頼があったからこそあいつが望んだ展開があったのにあんたはそこへ持っていけなかった。
そして、そのせいで、あいつが最も救いたかった娘を逆に追いつめてしまった」
「小木曽を俺が追いつめたのか?振られた俺が?」
「そして春希はあんたの努力とかがんばりとかそういった能力を自分と同等と思っていた。
だけど、あんたは春希が考えているより少しだけ弱かった」
「そりゃ、確かにバイト中に何度かくじけそうになって、そのたびにあいつに励まされたり叱られたりしてたが
あの状況であそこまで出来るってこと自体が異常だとも思うんだが…」
「でも、その異常な状態でなければあんたは大学に残れなかった」
それは正論であることは、分かっていた。
「……」
そして続けて出た千晶の言葉は、信じられないものだった。
「はっきり言うとね、春希はあんたに小木曽さんを任せたかった、あんたが彼女の心をつかまえてくれることを望んだ」
「そんなはずはない!だって、俺は告白したって理由で殴られたんだぞ?」
「はは!あんた何言ってんの?考えてもみなさいよ。小木曽さんに告白するだけで殴られるってんなら今頃春希は100人ぐらい殴ってるよ?」
それは確かにそうだ。浩樹の知るだけでも10人以上は玉砕している。
「あ……でも、じゃぁ何で…」
「小木曽さんの気持ちよ。多分、他の誰からの告白よりも彼女の心に届いたんでしょ?春希に申し訳なくなるぐらいに。
でもね、彼女の心には春希しかいないの。いちゃいけないの他の誰も。それなのにあんたは入ってしまった。
他の男のように受け流すことが出来なかった。そうなったらもう、彼女は自分を責めるしかなくなっちゃうの。
それが春希には分かったから、小木曽さんを救うにはあんたが悪いんだって彼女に思わせるしか無いの。
あんたを悪者にするための苦し紛れの言い訳ってところね」
「でも、あいつ、そんな態度少しも見せなかったし…なんであんな後になって!」
浩樹はいつの間にか両拳を痛いぐらい握り締めているのに気がついた。
「それだけでは、告白したってだけではあんたとの関係を切れなかった。大切な親友を切り捨てる理由にはならなかった
だから、春希はずいぶん悩んでたはずよ。しかも、あんたのお母さんの手術とか、あんたの学費とか
逆に助けなくちゃならない、助けずにはいられない問題がいっぱいだし、無我夢中で動いてたらひとつの問題が出てきた。
それが、あんたのために春希が稼いだお金。多分、あんたなら、出来れば1年以内、遅くとも卒業までには返すつもりだったでしょ?」
「当然だろ、あいつの事を大切な友達…いや親友だと思うからこそ、いつまでもだらだらと借りたままでいる訳にはいかない。
ぎりぎりまで頑張って、どうしようもなくなったら大学を辞めてでも返さなくっちゃならない。そう思うのは当然だろ?親友だからこそ…」
「春希にもそれが分かったんでしょうね。でも、春希にはもう一つ分かっていた。あんたには卒業と返済の両立は出来ないって。
あいつってホントにどうしてって思うぐらい他人のこと分析してるよ。ここまで手伝えば出来るとか、いつまでなら一人で頑張らせられるかとか。
全て計算ずくで、春希には全てを解決するストーリーが出来たって訳」
そこまで話されて、浩樹にもようやく理解できた。
「それが…」
「そう、春希にとっては、小木曽さんを助けるためにあんたを殴り、彼女の心に納得させる。告白した友近が悪いって、春希自身がそう思っているって。
そして、あんたを助けるために、友情を断ち切るために殴る。告白したお前が悪い、金は返さなくっていいから殴らせろってね」
分かってしまえば実に春希らしい理屈だった。
「………じゃぁ、あいつは全て分かってて、いや…でも」
「まだ、納得できないの?もぅ…ひょっとしてあんたも人を殴ったこと無い人?」
「あたりまえだろ、そんな、暴力なんて!」
「あのね、じゃあ言うけど憎い奴を殴る時に手加減なんてすると思う?」
「え?じゃぁ、あいつが手加減を?いや、そんなことないだろ?だって自分の手を逆に傷めるぐらいおもいっきりだったんだぞ?」
あの時の事を思い出して反論した。
「だ~か~ら~、あんたには分かんなかったんだろうね。あのね、怒りで人を殴る時ってのはね、誰でも思いっきり拳を握り締めるもんだよ?
それで、突っ立ってる人間の顔を殴るだけで手を痛める人なんていないよ?
怒ってるふりで実は申し訳なくって腕の振りだけ速くて手首から先の力が無意識のうちに抜けちゃったんなら別だけどね」
そして再び理解した。人を殴った経験は無くても、千晶の言わんとする事は分かった。そして、全てを理解して一つの結論に辿り着いてしまった。
「そんな…あいつが……でも、…俺たちはもう、もとには戻れないんだろうな」
落胆する浩樹に、千晶はあっけらかんとした表情で告げた。
「そんなこと無いよ。」
その言葉は嬉しかったが、同時に安易には信じられなかった。
「でも、やっぱり、俺にとっては金を返すまでは元に戻れないだろうし、春希だって一度返さなくっていいって言った手前、受け取らないだろ?
春希にしたって、俺に殴られなきゃだめだって思うだろうけど、俺にあいつを殴る理由なんて…」
そう、金を受け取らせて殴る。それが唯一の解決法。
「春希はお金を受け取ろうとしないだろうけど、でもそれはあんたが考えてる理由でなんかじゃない。
本当の理由は自分にその資格が無いって思っているから。あんたを殴ってまで拘った相手を本当に幸せにするまでは受け取れないって考えてる。
春希が目指す小木曽さんの幸せは…」
「それってもしかして…」

千晶は満足そうに微笑んだ。なんか、こいつには叶わないなと浩樹は感じた。
「もう一つ、教えといてあげるよ。さっきあたしが席を離れる時にかかってた曲を覚えてる?」
「ああ、『届かない恋』だろ。学内で知らない奴いないんじゃないか?冬の定番になっちゃってるし、俺なんか大ファンって言ってもいいぐらいだ」
和泉はいたずらっぽい笑みを浮かべながら暫く間をとった後、浩樹を真正面から見つめて言った。
「あれ歌ってるの小木曽さんだよ。ついでにギターは春希さ。あいつらが付属の軽音楽同好会のメンバーだよ」
それは、浩樹にとってこれまでの人生で一番の衝撃だった。
「じ…冗談だろ?確かに声似てるけど彼女歌は歌わないって言ってカラオケにも絶対行かないし、春希もギターってタイプじゃ…」
「いずれ分かるよ、彼女が歌を取り戻したらね」
そう言うと、千晶は満足そうな笑顔でカフェテリアを出て行った。

柳原朋の本心

友近浩樹は、冬は出来るだけ学内放送を聴くようにしている。
お気に入りの『届かない恋』が頻繁にかかるから。
学内放送関係者に音源を貰えないかと頼んだこともあるが、断られた。
だから、学内にいる限りはできるだけ放送を聴くようにしていた。
それが、今日はとんでもないアクシデントだ。
今年度ミス峰城の、柳原朋が『届かない恋』のボーカリストとして小木曽を登場させたのだ。
しかも、小木曽の意思とは無関係に、バレンタインライブへの出場まで発表してしまった。
小木曽は、どうみても困っているようだった。そんなつもりは無いと感じられた。
「いったい、あの女は何を考えているんだ…」

翌日、早速その柳原朋を捕まえて文句を言ってやろうとした。が…
「あなたは小木曽雪菜の歌を聴きたくないの?あの女だってはっきりと嫌だって言ってないんだし。
それに、北原さんは歌って欲しそうだったわよ。まあ、ホントに嫌だったら歌わなければいいだけだし。
それよりもさ、ちょっと困ったことになっているんだけど助けて貰えないかしら?
あなたみたいな小木曽雪菜寄りのスタッフがいて、あの放送聴いて手伝いを断ってきちゃったのよね、こんな差し迫った時期に…」
「それは、あんたの自業自得だろ?」
「そうかもしれないけど、でも、もし小木曽雪菜が歌う気になったら、あなただってきちんと歌わせてあげたいでしょ?」
「ん…まぁ…そうだが……」
「だったらちょっとこっちへ来てよ」
朋に半ば強引に連れられて、気がつくと浩樹はライブスタッフの手伝いをすることになってしまった。
「仕方ないな…」
確かに、もし、小木曽が歌うのなら、出来る限りのサポートをしてやりたかった。
もちろん春希に対しても…
「それにしても、きみはどうしてそんなに小木曽に歌わせたいんだ?」
「別に…私はただ、あの女が全然歌わないのが気に入らなかっただけよ。意地でも歌わせてやるんだから…」
そう言うと、朋はすたすたと歩き去っていった。

それから数日…
浩樹はバイトの時間をやりくりして、ライブの手伝いをしていた。
どうしてそんなことをしているのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、もし、小木曽の歌を生で聴けるのなら、それを一生の思い出にするつもりだった。

そしてライブ当日。
ラストナンバーとして『峰城大付属軽音楽同好会』が登場し、『届かない恋』が流れた。
アコースティックギターだけの地味な演奏だったが、誰もが聞き入った。
ただ、そんな聴衆のなかでただ一人、柳原朋だけは感極まって大泣きしていたのが印象的だった。

ライブ終了翌日の片付け作業中に朋が浩樹に声をかけてきた。
「おかげで助かったわ、お礼と言っちゃ何だけど、これ、あげるわ」
朋が手渡したのは古びたミュージックプレーヤーだった。
「私のお古よ。そのうちに私が有名になったらプレミアがつくかもしれないから大事にしなさいよ。
…それと、一応一曲だけ入ってるから。昨日のラストナンバーだけだけど」
「え…?」
「いいから受け取りなさいよ、こんな物でも私が以前使ってた貴重な物なんだから」
それだけ言うと、以前と同じように朋はすたすたと歩き去っていった。

「あっ、友近くん。お疲れ様」
作業が終了すると一人の女の子が声をかけてきた。柳原朋といつも一緒にいるメンバーのうちのひとりだった。
「ごめんなさいね、朋の我侭で手伝いさせちゃったみたいで…」
「いや、気にしないでいいよ。俺も楽しめたし」
朋から受け取った物を持った手をひょいと挙げて、気にしないでくれと伝える。
「あ、それやっぱり友近君に渡したんだ…あの娘スタッフに必死になって頼み込んでたんだよねぇ」
意外なことを言ってくる。あの柳原朋が必死に?頼む?
「あの娘、あんなんだから、結構誤解されやすいんだよね。何考えてるか分からないって。
私たちにとってはすっごく分かりやすい娘なんだけどねぇ。自分に素直っていうか、裏表が無いっていうか。
思ったまんまを口に出しちゃうし、そのせいか、未だに彼氏いない暦=年齢だしね、実質」
「え…だって、彼女ミス峰城だろ?」
「言い寄ってくる男は多いんだけどね。最初のデートでみんな朋についていけないって感じちゃうみたい。
さんざん振り回されて、文句言われて、こんな娘だと思わなかったって…」
確かに浩樹自身も実際に話してみるまでは、あそこまで一方的に物事を進められるとは思っていなかった。
だが、結果的に成り行き上とはいえ彼女のしたかった通りになってしまったこの結果に不満が無いのも事実だった。
そして、彼女から手渡されたもの…
「必死に…頼む…か」
これは、彼女なりのお礼なのだろうか…
浩樹はこれまでの朋の言動を思い返してみた。
その全てを好意的に考えてみると、朋のやっていることには何の悪意も無いと思われた。
朋の願いは小木曽雪菜が歌うこと。そして、そのライブをサポートした浩樹に対する感謝。
「いいやつ…なんだろうか……」
受け取ったミュージックプレーヤーを見ながらそうつぶやいた。
「もしかして、俺が欲しがっていたのを知っていた?」
そこから聞こえてくる『届かない恋』はライブで生で聞いた時よりも心に染み渡った。

想い出の曲

ブダペスト国際空港に着いた友近浩樹は、ほっと一息ついた。
実は、海外に来るのは初めてだった。
大学を卒業して、なんとか希望の中堅商社に入社できた。
在学中に将来の目標を定め、そのために必要な知識を習得するのはもちろんのこと、より攻撃的に、自分の武器となる知識も貪欲に習得した。
世界を飛び回る商社マンを目指した彼は、特に東ヨーロッパに狙いを定め、ドイツ語、ロシア語を仕事で使えるぐらいまでマスターしていた。
だから、この突然の代役のチャンスが巡ってきたのも、ある意味彼の努力の賜物だったと言えよう。新入社員には異例の単独海外出張。
とりあえず今日のところはこのまま一度ハンガリー支社に顔を出した後でホテルに向かうだけだ。
時間に余裕があるからゆっくりできる。浩樹は適当なベンチに座って一息ついた。
そしていつものリラックスタイム。お気に入りの音楽を聴こう。
荷物の中からミュージックプレーヤーを探していると、前のベンチに座っている母娘の会話が聞こえてきた。
「日本語…こんな所で珍しいな。見たところ金持ちの奥様とお嬢様かな」
お嬢様の綺麗な黒髪のロングヘアーに少し心奪われながら、音楽を聴く準備をする。
お気に入りの音楽といっても有名なミュージシャンの曲なんかじゃない。
それどころか素人の演奏だ。
彼が大学3年の年のバレンタインコンサートで演奏された曲。ギターとボーカルだけの面白みの無い音楽。
イベントの裏方をやったことで偶然手に入れることが出来て、それ以来、何度も、いや何百回も聴いた。聴くと気分が落ち着いた。

目を閉じてスイッチを入れる。演奏が始まる。いつ聴いてもホント素人演奏なギター。そしてあの歌声…

ふと何か違和感を感じた。目を開けると前のベンチに座っていたお嬢様がこっちをじっと見ている。
食い入るような視線。そんな表現がぴったりだと思った。その顔立ちのあまりの美しさに自分が見られている事を忘れてしまっていた。
「それ…」
そのお嬢様の言葉でやっと我に返ることができた。
「それを譲って貰えないか?」
「え??」
一瞬何のことか分からず、上着やズボンのポケットを探ったりしていると、
「違う、あんたが今聴いている…」
「お待たせー、あと10分ぐらいで迎えに来てくれるって」
いつの間にか席をはずしていたらしい母親が帰ってきた。
「今日はもう特に予定無いからゆっくりできるわよ。でもあんまりハメをはずし過ぎないでね」
「母さんと一緒にするなよ。あたしは別に何も…」
お嬢様は母親を見るといたずらを見つかった子供のようにさっと前を向いて座りなおして言った。
その後、何か母親に文句を言っていたが、横の母親を見て話しながら、視線はちらちらとこちらを気にしているようだった。
「なあに~、かずさったら。もしかして後ろの男性に興味があるの?」
「そ…そんなんじゃない!!」
『かずさ』と呼ばれたそのお嬢様はぷいっと正面を向くとそのまま身動き一つしなくなった。
『まぁ、俺には縁の無い世界の住人だな』
もし、この相手が、お金持ちのお嬢様などではなく、外見も身なりも普通だったとしたら、もう少し話を聞いたかも。
そう考えた瞬間、浩樹は自分の考えを嫌悪した。人を外見や資産で差別しているようで。
落ち着こう、そう思ってまた『あの曲』を聴く。視線を前に移すと母親はまたどこかへ行っているようだったが
さっきまであれほどこちらを気にしていた当の本人は相変わらず身動きひとつしていない。
『やっぱり単なる気まぐれか』
さっきまで自分が嫌悪していたありえない妄想が急におかしくなった。
美人のお嬢様と知り合いになり、支社の同僚や先輩に自慢する。帰国して本社に帰っても事あるごとに彼女と一緒に写った写真を見せびらかす。
「はは…は…っ」あまりにありえなさ過ぎて笑えてきた。どんだけ夢見てるんだよ俺。
「さて…と、そろそろ行くか」
ベンチから立ち上がり、出口に向かう。もう会うことも無いだろう夢の中の知り合いの横を素通りして。
「あ…」
聞こえてきた声に立ち止まってしまった。声のほうに振り向いた。
!……なんなんだよ、そのそのすがるような目は!遠慮がちに伸ばしかけた左手は!ベンチから立ち上がりかけたような少し浮かせた腰は!
まるで捨て犬が去っていくご主人様に追いすがろうかどうしようか迷っているようなその態度は!!
そのくせ俺と目が合うと何事も無かったように座りなおして無視するって、俺をからかってるのか?
もうこれ以上俺の気持ちを振り回さないでくれ!そんな気持ちだった。
「来週末までここの支社にいる。その後帰国するから、用があるならそれまでに連絡をくれ」
ぶっきらぼうに名刺を差し出す。当然、受け取ろうとしないから膝のうえにぽんと放り出すように投げて渡した。
どうせ連絡なんか来ない。ただ、自分が納得したいがための行為。引かれる後ろ髪を断ち切る言い訳。

支社に着いて、一通り挨拶を済ませ、翌日からの業務内容を確認し、一息ついた時、
「友近さん、お客様です」
自分よりも数年先輩であろうその女性社員のあまりに丁寧な対応に戸惑いながらも、案内されるままついて行く。
「え?」
目の前に応接室の扉があった。ここって支社長や重役が特別な来客で使っている場所のはず…
「今度紹介してくださいね」
意味不明な言葉を残し、彼女は去って行った。
そういえば、客って誰なんだろう?そんなことを考えながらドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼します…あ…」
今の今まですっかり忘れていた。あまりにもありえないと思っていたから。
目の前の黒髪の美女は深々と頭を下げてから
「空港では済まなかった。母さんに何か言われそうであんな態度をとってしまった。別に大した用事という訳でも…ないんだが…」
そう言いながら、その視線は浩樹の目ではなくからだのあちこちを彷徨うように動いていた。
「あぁ…これ、別に大したものじゃないですよ。入っているのも一般には知られていないというか素人の演奏だし…」
「分かってる」
その断定的な言葉に少し違和感を感じた。彼女にこれがどんな曲だったか分かったはずが無い。
もとより大音量で聴いていたわけでもないし、あの距離なら分かったとしてもなにか音楽かな?ぐらいのはず。
こちらのあからさまな不信感が通じてしまったのか、
「い…いや…日本の…音楽は暫く聴いてないから…その…あの時急に…聴きたく……なっ…て…」
「ぷっ…」
「な…何がおかしい…!」
「い…いや、失礼。なんかイメージと違うっていうか、かわいいっていうか」
「…!!」
怒ったと思ったらこんどは真っ赤になって俯いた。第一印象とはずいぶん違ってるな。
「すみません、別にからかってるわけじゃないんですけど。あと、これ大切なものだから譲るわけには…」
「あ…いや、それは、あの時は焦っていたからで…一度聴くだけでいいんだ」
「それなら別に構いませんよ。ここで良ければ今すぐでも」
「…!あ、済まない…」
こちらが言い終わるのが待ちきれないといったほどのすばやさで手のものを奪ったあと彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいんですよ、気にしなくて。でもホントに期待しないで下さいよ。
なにしろ大学のゼミ仲間が約2年前の学内のバレンタインコンサートで演奏したやつなんですから」
「ああ… 2年前か…」
彼女は暫くそれを持ったまま見つめると、軽く目を閉じ、ゆっくりとイヤホンを付け、
そこで急に焦ったように目を開けPLAYボタンを探し、見つけると安心したようにそれを押し、また目を閉じた。
その表情を見て、浩樹は美しいと思った。神々しいとさえ感じた。
演奏が始まってすぐにその表情に笑みが表れた。
「へたくそな…ギターだな…」
それは浩樹も同感だった。
「いい声…だな…」
これも同感だった。
「届かない…よな…」
歌詞のことだろうか、と思っていたら、聴き始めより少し上を向いていた彼女の目から一筋、涙が流れるのが見えた。

5分、いや、10分は経っただろうか。もとより1曲しか入れていないし、リピートにもしていないから、もうとっくに終わっているはず。
その黒髪の美少女は曲が終わっても身動き一つせず、浩樹もまた、そんな彼女に見とれるように身動きできないでいた。
「…はぁ~…」
深く息を吐いた後彼女は目を開けた。そしてこちらを見た。涙で少し潤んだ目を隠そうともせず。
「ありがとう、とても嬉しかった。感謝してる。じゃぁ、あたしはこれで…」
名残惜しそうに、借りたものをこちらへ差し出した。
「出来ればその音源を分けて貰いたいんだが…」
「それは…出来ません。これは、コンサートの主催者から知り合いを通じて貰ったもので、権利とか絡んでくるんで複製は…」
「堅物なんだな…そんなこと言うやつはあいつぐらいだと思ってたんだが…あ…だったら買い取らせてくれ。いくらでも出すから」
その言葉には、ちょっとカチンときた。
「そういう考え方しか出来ないんですか?あなたは何気なく言ったかもしれないけど、金額の問題じゃない。
それに、このプレーヤーは俺にとって大切な想い出の…」
思わず怒鳴ってしまいそうになった。多分、今自分はものすごい表情をしているだろう。
「だからそれはできない」
それだけ言うのが精一杯だった。
もちろん、彼女がなんでも金で解決しようとする人種だなんて思っていなかった。
短い時間でもこうして会って、話して、分かっていた。多分、不器用なんだなって。
「それなら、俺が帰国するまで…とは言えませんが、暫くはお貸しすることは出来ますよ。もちろんお金なんて要りませんから」
「それじゃ、あたしの気が済まない……   
       じゃぁ、提案があるんだが」